初胃カメラはTalkboxの味

さあ大会当日。この日に向けて身体を仕上げて参りました!

健康診断のことを言っている。年に一度の“公式記録”として、毎年8月に協会けんぽの生活習慣病予防健診を受けるようになってかれこれ10年が経つ。私にとって春から夏にかけての季節は精神と肉体のバランスが非常にいい。大会で好成績を叩き出すにはこの時期が最高の準備期間であり、良い状態で試合に臨めるので8月受診を選んでいる。

準備期間に約3ヶ月。とは言ってもやることといえば「ストレスを溜めない」「とにかくちゃんと寝る」「食の選定」「少しの運動と猛烈なストレッチ」だけで、“オフシーズン”の生活と大して変わらないのだけど、この3ヶ月はやや強めに意識をするように心がけている。

10年前と比べると、日本は夏の高温化が進んで猛暑日や熱帯夜が多くなった。私の場合はその影響で食欲が出ないのと暑くて上手く眠れないという問題が生じている。おまけに今年はコロナで日常が変わった。これまでの戦術だけでは太刀打ちできないと痛感する今年。これからは地球の変化と共にセルフマネジメントの見直しが今まで以上に重要になっていくと思う。機微を捉えて対処していく上でも毎年同じ時期に健康診断を受けることはバロメーターの役割を果たしてくれるので私は気に入っている。

変化といえば、今年は胃の検査をバリウムから胃カメラに切り替えた。私が毎年の健診でお世話になっているクリニックでは、胃の検査をする際のデフォルトがバリウム検査。事前に申し出れば7,700円の追加料金で内視鏡検査(胃カメラ)に変更することができるが、追加料金をケチって昨年までずっとデフォルトで通していた。
ただ、私はこのバリウムの検査が心の底から苦手だ。前夜から飲食厳禁の空きっ腹に胃を膨らませるための発泡剤をブチ込み、その直後に粘度が高くて喉越しが悪い白い液体を流し込むあの工程が本当に苦痛。検査に入る前のこの時点で気分が悪くなってしまい、検査技師を手こずらせるのが恒例行事。さらに追い打ちをかけるように、前後左右に動く寝台の上でICAROS(VRフィットネスマシン)さながらの激しいアクションを要求されるあのシステムは苦しくて毎回泣きそうになる。そして実際に泣いている。
昨年の私の様相は特に酷かった。傷を負った戦士のような私の姿を見兼ねた検査技師から「次回は内視鏡に切り替えたらどうすかね?」と提案されたのが昨年のICAROS終了後。
もう胃カメラで救われるのなら是非。ただ胃カメラがバリウム検査にくらべてどれほど楽なのか私は知らない。快適ではないことくらいは理解している。夫や両親は胃カメラ経験者で、彼らに胃カメラの様子を聞くと「たいしたことないよ」と口を揃えて言う。ちなみに彼らは「鼻から管入れ派閥」の人たち。
とにかく金輪際バリウムと関わりたくない。その一心で内視鏡検査(追加料金7,700円)に切り替えると決めた。7,700円で少しでも救われるのなら。背に腹は代えられないわ。

そして今年も大会の季節がやって来た。協会けんぽから生活習慣予防健診の案内が届き、8月にいつものクリニックで予約を入れ、その際にデフォルトのバリウム検査から内視鏡検査に変更したい旨も伝えた。健診の内容は一般健診の他に、乳がん検診と子宮頸がん検診を追加(課金)してもらう。その年に偶数年齢の場合は費用の補助が受けられるが、今年45歳になる奇数年の私は補助の対象外。今年からは胃カメラも追加したので合計額はまあまあ膨れ上がった。鳴呼、見えないモノにお金が飛んでいく・・・と少し萎えた。がしかし、これは掛け捨て型の保険のようなものだ。検査して何も異常が無かったら万歳。何か異常が見つかれば小さいうちに芽を摘むことが出来る。まだ暫くは生きるだろうし、健康への自己投資は惜しまない方がいいと言い聞かせながら、飛んでいくお金に思いを馳せた。

健診日が近づくにつれて胃カメラ検査のことが少しずつ頭を過るようになる。鼻から挿入タイプと口から挿入の2パターンあるようだし、うちのクリニックはどっちだろう。私の身内は鼻派閥の人ばかり。「細い管を鼻から入れるだけだから心配ない。ただ苦しさのレベルは医師の腕前によるね。」と両親。最後の余計な一言で不安を煽られた。鼻か口かクリニックに電話で問い合わせればよかったのだが、忘れた。何故かそこまで気が回らなかった。
もう祈るしかない。鼻派閥の医師で腕前がいいことを。

大会当日。上述の通り、3ヶ月前からゆっくり「仕上げて」来たので、万全の準備は整っている。ひとつ準備できていないのは、胃カメラに対しての不安感のみ。生きては還れるだろうから過剰に不安がることはないのだけど。

順調に各部門の検査を終え、グランドフィナーレが内視鏡検査だった。
さあ本番。検査室(正確には検査室手前の前室にあたる部屋)に入り、看護師さんに誘導される。そして口内に喉麻酔を入れてもらい、検査の瞬間を待つ。

喉麻酔ということは、どうやらここは「口から管入れ派閥」らしい。私には口派閥に関係者がいない。ずっと鼻から挿入されるイメージトレーニングをしていたから一瞬にして予定が狂った。

喉麻酔を口に含むこと3分。だんだん口内の感覚が鈍くなって来たのがわかる。その後、看護師さんの案内のもと検査室に入ると医師が迎えてくれた。この先生の手腕で明暗が分かれるのね・・・と心の中で呟いた。そして医師の隣にはモニターと、讃岐うどんよりも太い管、つまり経口内視鏡が構えていた。想像していたよりも遥かに太い。直径1cmくらいあったと思う。

真っ先にTalkbox(トークボックス)のチューブが頭をよぎった。あんなに太い管を口内に入れる様はTalkboxの演奏でしか見たことなかった。しかもTalkboxの管(チューブ)は胃の中までは入れない。
胃カメラ≒Talkbox。これから先、初めての胃カメラ体験を思い出す度にTalkboxも付いて回るだろうな。それよりも、こんな状況下でオールドスクールミュージック基準で物事を考察する私もどうかしている。

※Talk Boxとは、シンセサイザーやギターで演奏している音に、人が喋っているようなイントネーションを加えるエフェクターの一種で、チューブを口にくわえてプレイするのが特徴。2Pacの「California Love」のサビで今は亡きZAPPのRoger Troutmanが演奏しているメロディといえばピンと来るかもしれない。近年であればBruno Marsの「24k Magic」のイントロもTalkbox。

さあ、とうとう本番。ベッドの上に横たわり、検査中の正しいフォームを指導される。そして「できるだけ身体の力を抜いてリラックスした状態にした方が苦痛が少ないですよ」と医師から優しくアドバイスされた。
先端がチカチカ眩しい経口内視鏡が一瞬私の顔面を照らす。その瞬間、医師からいただいた優しいアドバイスがまるで無駄になるほどの緊張感に苛まれた。
くわえたマウスピースを通して管が容赦なく口内に入っていく。そして喉の奥へ奥へと侵入していくのがわかる。喉から胃にかけてゆっくりと管が移動するあの感覚は蛇でも飲み込んだんじゃないかと思うほど苦痛だ。苦痛以外の表現が見つからないほど苦痛だ。こんな苦しい作業を多くの人々が経験しているなんて信じられない!緊張と苦痛と嘔吐感を全て同時に受け止める私の目からは涙、口からは唾液が止め処なく流れた。
暫くすると肉体が諦念したのか、少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。もちろん苦しいは苦しい。

Talkboxのチューブが演奏中うっかり喉の奥まで入ったら困るだろうなぁ。


管を胃部に差し込んだ状態でそんなことを考えられる余裕さえ出てきた。もちろん苦しいは苦しい。

「苦しさのレベルは医師の腕前によるね」
両親からのこの言葉も思い出した。今私が味わっている苦しみレベルが標準なのかそれ以上なのか以下なのか、それすら分からない。なぜなら初めての胃カメラだから。それがわかるのは2回目以降ということになる。とにかく早く終わって欲しい。今はそれだけだ。

検査時間は5分くらいだっただろうか。とりあえず耐え抜いた。そして終わった瞬間は早くも来年のことを考えていた。

バリウム検査に戻すか、胃カメラ検査を継続するか。
いずれにしても地獄だということはよくわかった。でも今回の苦しみレベルが平均以上だったのか以下だったのかを知ってみたいとも思う。
来年も胃カメラを選択しようかな。そしてこれから先の私の人生、Talkboxの演奏を目にする度に胃カメラを思い出すだろう。胃カメラ≒Talkbox。Roger Troutmanは鼻派閥だったのかしら。彼が胃カメラ検査を受けていたかどうかは知らない。

検査室を後にする際、看護師さんが「初めてなのに上手にできましたよ」と褒めてくれた。ちょっと嬉しかった。

やっぱり来年も胃カメラにする。

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